- エージェントの作業記録を1手ずつ読み、それぞれの手で「何を見て、なぜそれを選んだか」を追える
- 記録の中で特に注意して読むべき3つの箇所(方針の変更・繰り返し・完了の根拠)が分かる
- 人が始める前・途中・終わった後のどこで、何を確かめればよいかを説明できる
3.1ループのおさらい
第1章では、エージェントの特徴を「結果を見て、次の一手を自分で選ぶこと」とまとめました。この動きをもう少し細かく分けると、次の4つの段階の繰り返しになります。
- 観察:いま机の上にあるもの(依頼文、これまでの結果、メモなど)を読む
- 判断:目標に照らして、次に何をするかを1つ選ぶ
- 行動:道具を使って、選んだことを実行する(検索する、ファイルを読む、表を書くなど)
- 結果:行動の結果が机の上に載る。そして再び観察に戻る
この1周を、この教材ではループと呼びます。エージェントがしていることは、突き詰めればこのループを回し続けることだけです。
ここで、教材全体で使っている4つの例えを重ねてみましょう。頭脳(言語モデル)、手足(道具)、机(記憶、業界ではコンテキストと呼ばれます)、そしてループです。ループの各段階で、どれが働いているのかを図にすると次のようになります。
図で注目してほしいのは、頭脳が働いているのは「判断」の1か所だけだということです。頭脳は自分で検索したりファイルを開いたりはしません。机の上を読んで「次はこれをする」と決め、手足に頼むだけです(手足への頼み方は第4章で扱います)。そして手足が持ち帰った結果は、すべて机の上に置かれます。次の1周の判断は、その机の上だけを材料に行われます。
つまり、ある時点でのエージェントの判断の良し悪しは、そのとき机の上に何があったかでほぼ決まります。これが、作業記録を読むときの最初の手がかりになります。
3.2佐藤さんの依頼を、作業記録で追う
それでは、実際の動きを追ってみましょう。題材は、教材全体で使っている次の場面です。
架空の会社で企画を担当する佐藤さんは、上司から「業界の主要5社が最近出した新サービスを調べて、比較表と1枚の要約にまとめてほしい」と頼まれました。佐藤さんは5社の社名(A社〜E社)を添えて、エージェントに任せました。
多くのエージェントは、1手ごとに何をしたかを作業記録として残します。業界ではログと呼ばれるものです。下の記録は、説明のために読みやすく書き直したものですが、流れは実際の記録とよく似ています。各手の下の小さな文字は、「そのとき机の上に何があったか」と「なぜその手を選んだか」の補足です。
手1 依頼文を読む。目標は「5社の最近の新サービスを、比較表と1枚の要約にまとめる」。机の上:依頼文と5社の社名だけ。理由:最初の1周では、依頼文以外に読むものがない。
手2 進め方を決める。「各社の公式発表を1社ずつ検索し、要点をメモする」ことにする。机の上:依頼文、5社の社名。理由:会社自身の発表が最も確かな情報源だと判断した。全体の計画を書いたわけではなく、「まず何をするか」を決めただけ。
手3 「A社 新サービス 発表」で検索する。机の上:依頼文、社名、手2の方針。理由:方針どおり、リストの先頭から始めた。
手4 A社の公式サイトのお知らせページが見つかる。発表文を開いて読み、サービス名・開始時期・対象顧客・特徴をメモする。机の上:検索結果の一覧、A社の発表文、メモ。理由:比較表に必要になりそうな項目を、この時点で自分で決めてメモした。
手5 B社も同じ手順で検索し、公式発表を読んでメモする。机の上:A社のメモ、B社の発表文。理由:A社でうまくいったやり方をそのまま繰り返した。
手6 C社を同じ手順で検索。見つかった発表は2年前のものだった。机の上:A社・B社のメモ、C社の古い発表文。理由:依頼文の「最近」と照らし合わせ、このままでは目標に合わないと気づいた。
手7 検索語に「今年」を加えて検索し直すことにする。再検索で、C社の最新の発表が見つかり、メモする。机の上:依頼文、C社の古い発表と新しい発表。理由:結果が目標に合わなかったので、検索のやり方を変えた。これが「方針の変更」にあたる。
前半は順調に見えます。手6から手7にかけては、結果を見て次の一手を変えるという、エージェントらしい動きも出ています。後半を見てみましょう。
手8 「D社 新サービス 今年」で検索。公式の発表は見つからない。机の上:3社分のメモ、D社の検索結果(関係の薄いページばかり)。理由:C社で効いたやり方をそのまま当てはめた。
手9 「D社 サービス開始 お知らせ」で検索し直す。やはり見つからない。机の上:手8の結果に、手9の結果が加わる。理由:言葉を少し変えれば見つかるかもしれないと考えた。
手10 「D社 新サービス 提供開始」で検索し直す。見つからない。机の上:似たような検索結果が3回分。理由:手9と同じ考え方の、言い換えの繰り返し。
同じ型の検索が3回続いている。1回ごとの判断は筋が通っていても、全体としては足踏みしている。要注意:この繰り返しが止まらなければ、時間と費用だけが積み上がる。
手11 公式発表をあきらめ、業界ニュースサイトの記事で代用することにする。記事から、D社が新サービスを始めたという内容をメモする。机の上:見つからなかった3回分の結果、ニュース記事。理由:「比較表の5行目を埋める」ことを優先した。2回目の「方針の変更」。
D社だけ情報源の種類が違う。記事の書き手の推測や、古い情報が混ざっている可能性がある。要注意:このことが比較表や要約に書かれているかどうかを、後で確かめる必要がある。
手12 「E社 新サービス 今年」で検索。上位に、E社とよく似た名前の別会社の発表が出てくる。一度メモしかけるが、所在地と事業内容が違うことに気づき、E社自身の発表を探し直してメモする。机の上:似た社名の会社の発表、E社の発表。理由:メモを書く途中で、依頼文の社名と照らし合わせて食い違いに気づいた。
今回は気づいたが、気づかずに別会社の情報で表を埋めていた可能性もある。要注意:社名の取り違えは、最終の比較表を見ただけでは見抜きにくい。
手13 5社分のメモをもとに、比較表を作る。列はサービス名・開始時期・対象顧客・特徴。机の上:5社分のメモ(うちD社はニュース記事由来)。理由:手4で自分で決めた項目を、そのまま表の列にした。
手14 比較表をもとに、1枚の要約を書く。机の上:比較表と5社分のメモ。理由:表が完成したので、依頼の残り半分に移った。
手15 「比較表と要約が完成しました」と報告して終了する。机の上:依頼文、比較表、要約。理由:依頼文にある成果物が2つともそろったと判断した。
最終的に佐藤さんの手元に届くのは、比較表と要約の2つです。見た目はきれいに整っており、5社分の行もすべて埋まっています。けれども、記録を読んだ私たちは、D社の行だけが公式発表ではないこと、E社の行が一歩間違えば別会社の情報になっていたことを知っています。成果物だけを見た人には、この違いは見えません。
もう1つ大事なのは、どの手もその時点では「筋の通った判断」だったということです。手11でニュース記事を使ったのは、目標を果たそうとした結果です。エージェントは手を抜いたわけでも、うそをついたわけでもありません。1手ずつは合理的でも、全体として望ましくない結果になりうる。これが、作業記録を読む意味です。
3.3記録を読む3つの注目点
作業記録は長くなりがちで、すべての行を同じ熱量で読むのは現実的ではありません。そこで、次の3か所に絞って読むことをおすすめします。
注目点1 方針を変えたところ(なぜ変えたか)
エージェントが進め方を変えた手には、必ず「それまでのやり方では目標に届かない」と判断した理由があります。今回の記録では、手7(検索語に「今年」を加えた)と手11(ニュース記事で代用した)がこれにあたります。
手7は、目標の「最近」という条件を守るための変更で、目標に近づく方向の変更でした。一方の手11は、「公式の発表で調べる」という品質の条件を手放して、「行を埋める」ことを優先した変更です。方針の変更が、目標のどの部分を守り、どの部分を手放したのか。ここを読むと、成果物の質がどこで変わったかが分かります。
注目点2 同じことの繰り返し(堂々巡りの兆候)
手8〜手10のように、似た行動が結果を変えないまま続く箇所は、堂々巡りの兆候です。1回ごとの判断には「言葉を変えれば見つかるかもしれない」という理屈があるため、エージェント自身は足踏みに気づきにくいのです。
今回は3回で方針を変えましたが、いつもそうなるとは限りません。同じ型の行動が何度も並んでいたら、「行き詰まっているのに止まれていない」可能性を疑ってください。止まる仕組みの話は3.5節で扱います。
注目点3 「完了」の根拠(何を見て完了と判断したか)
手15で、エージェントは「完了」と報告しました。その根拠は「依頼文にある成果物が2つともそろった」ことです。ここで確かめたいのは、そろったことと、正しいことは別だという点です。
今回の完了判断は、「5行が埋まったか」「要約が書かれたか」という形の面だけを見ています。「D社の情報源が他と違うことを要約に書いたか」「E社の情報が本当にE社のものか」は、完了の判断材料に入っていません。完了の報告を読んだら、何を見て完了と判断したのかを記録の最後の数手から読み取ってください。
| 注目点 | 今回の記録で当たる手 | 読み取れること |
|---|---|---|
| 方針を変えたところ | 手7、手11 | 手11で「公式発表で調べる」という条件が手放された |
| 同じことの繰り返し | 手8〜手10 | 言い換えの検索が3回、結果を変えずに続いた |
| 「完了」の根拠 | 手15 | 成果物がそろったことだけを根拠にしており、中身の確かさは見ていない |
3.41周ごとに選んでいるだけ、ということの意味
ここまで追ってきて気づいた方もいるかもしれません。このエージェントは、最初に「全15手の計画」を立てていたわけではありません。手2で決めたのは「まず1社ずつ公式発表を検索する」という当面のやり方だけで、それ以降は毎周、机の上を見て、その場で次の一手を選んでいただけです。
これは、第2章で見た頭脳の性質と関係しています。頭脳は、机の上にあるものを読んで、次にふさわしい言葉を組み立てる仕組みでした。ループの中でも同じで、頭脳がするのは「いまの机の上から、次の一手を1つ選ぶ」ことです。何手も先まで見通した全体の計画は、特別な仕組みで書かせない限り、どこにも存在しません(計画を書かせる仕組みは第6章で扱います)。
全体の計画がないと、何が起きるのでしょうか。それぞれの1手は、その時点では目標のほうを向いています。しかし、ほんの少しずつ角度がずれていても、誰もそれを全体として修正しません。小さなずれは、周を重ねるごとに積み重なっていきます。
佐藤さんの例でいえば、手4で比較の項目を「サービス名・開始時期・対象顧客・特徴」と決めたのは、そのときの思いつきでした。もし上司が本当に知りたかったのが「価格」や「自社との競合度合い」だったとしたら、その時点でできた小さなずれは、手13の比較表、手14の要約にまでそのまま引き継がれます。途中でだれも「そもそも比べる項目はこれでよいか」と立ち止まらないからです。
手11の「ニュース記事で代用」も同じ構図です。1手としては合理的な選択でしたが、その結果、比較表の5行のうち1行だけ確かさの度合いが違う、という状態が最後まで残りました。ずれは、起きた手ではなく、ずっと後の成果物の中で姿を現すのです。
3.5ループが止まる条件
ループは放っておけば回り続けます。では、どんなときに止まるのでしょうか。大きく分けて3つあります。
- 目標に届いたと判断したとき:今回の手15がこれです。エージェント自身が「目標を果たした」と判断して止まります。
- 上限に達したとき:あらかじめ決めておいた回数・時間・費用の上限に達したら、目標の途中でも止まります。
- 行き詰まったとき:これ以上できることがない、または道具が使えないなどの理由で、先に進めなくなって止まります。
このうち、上限を設ける理由は、3.3節の注目点2と関係しています。エージェントは堂々巡りに自分で気づけないことがあります。気づけないまま回り続ければ、ループの1周ごとに時間と費用がかかり続けます。上限は、エージェント自身の判断とは別のところで、ループを確実に止めるための安全装置です。どのくらいの上限が適切かという考え方は、第13章「費用と時間」で扱います。
そして、最も注意したいのが1つめの「目標に届いたと判断したとき」です。ここで言う「完了」は、エージェント自身の判断にすぎません。第三者が中身を確かめたうえでの完了ではなく、「依頼文と机の上を見比べて、そろったと思った」という1手の判断です。手15がまさにそうでした。
「完了しました」という報告は、「作業を終えることにしました」という意味であり、「結果が正しいことを確かめました」という意味ではありません。
3.6人はどこで介入できるか
ここまでの話から、エージェントに任せた仕事を人がまったく見ないのは危ういことが分かります。とはいえ、15手すべてに付き添うのでは任せた意味がありません。人が関わるべき場面は、大きく3つの時点に分けられます。
| いつ | 何を見る | 見落とすと何が起きるか |
|---|---|---|
| 始める前 | 目標と制約が伝わっているか(例:「最近」とはいつ以降か、公式発表以外を使ってよいか、比べる項目は何か) | エージェントが自分で決めた解釈のまま進み、最初の小さなずれが最後まで残る |
| 途中 | 区切りでの確認(例:3社終わった時点で項目を見せてもらう)、作業記録の方針変更や繰り返し | 堂々巡りや方針の変更に気づけず、時間・費用がかかるか、質の違う情報が混ざる |
| 終わった後 | 成果物だけでなく作業記録。特に方針の変更、繰り返し、完了の根拠の3か所 | D社のような情報源の違いや、E社のような取り違えが、そのまま上司に届く |
佐藤さんの例でいえば、始める前に「公式発表が見つからない会社があったら、その旨を表に書いて空欄にしてよい」と一言添えていれば、手11の代用は起きなかったかもしれません。途中で「3社分のメモを見せて」と頼んでいれば、比較の項目が上司の意図とずれていることに早く気づけたでしょう。どの時点で、どの程度止めて確認させるかは、第8章「権限は段階で渡す」で、確認を仕組みとして組み込む方法は第11章「確かめる仕組み」で詳しく扱います。
最後に出てきた結果をよく見れば、それで十分に確かめたことになる。
結果だけを見ても、その結果がどうやって作られたかは分かりません。今回の比較表は5行とも同じ体裁で埋まっていましたが、D社の行だけは公式発表ではなくニュース記事が元でした。成果物の見た目からは、この違いは読み取れません。
結果の確認は必要ですが、それだけでは足りません。結果がどの道筋を通って作られたのかを、作業記録で確かめることで、はじめて「どこまで信用してよいか」が判断できます。
作業記録はなぜ残るのか、残らないと何が困るのか
作業記録が残るのは、ループの仕組みそのものに理由があります。エージェントは毎周、机の上にある「これまでの経緯」を読んで次の一手を選びます。つまり、何をして何が返ってきたかを書き留めておかなければ、エージェント自身が次の判断をできません。作業記録は、もともとはエージェントが自分のために机の上に積んでいたものを、人にも読める形で残したものだと言えます。
ところが、仕組みによっては、この記録が人に見える形で残らないことがあります。最終的な成果物だけが渡され、途中の経緯は捨てられてしまう形です。この形の危うさは、問題が起きたときに表面化します。「比較表のD社の行が間違っていた」と分かっても、それが検索の失敗なのか、情報源の選び方なのか、社名の取り違えなのか、あとから原因を追う手段がありません。原因が分からなければ、次に同じことを防ぐための手も打てません。
エージェントに仕事を任せる仕組みを選ぶときには、「何ができるか」だけでなく、「何をしたかを後から確かめられるか」も判断の物差しにしてください。この物差しは、第11章の確かめる仕組みでも中心になります。
確認確認問題
ループの中で、頭脳(言語モデル)が主に働いているのはどの段階ですか。
解説を見る
頭脳は自分で検索したりファイルを開いたりはしません。机の上を読んで「次はこれをする」と選び、手足(道具)に頼むだけです。行動の結果は机の上に載り、次の周の判断材料になります。
作業記録に、少しずつ言葉を変えた検索が何度も並び、どれも結果が変わっていませんでした。最も疑うべきことはどれですか。
解説を見る
1回ごとの言い換えには理屈があるため、エージェント自身は足踏みに気づきにくいのです。似た行動が結果を変えずに続いていたら、堂々巡りを疑い、回数や時間の上限が設けられているかも確かめましょう。
エージェントが「完了しました」と報告しました。この報告の意味として最も正確なのはどれですか。
解説を見る
「完了」はエージェント自身の1手の判断にすぎません。成果物がそろったことと、中身が正しいことは別です。また、エージェントは通常、全体の計画を持たずに1周ずつ次の一手を選んでいます。
この章のまとめ
- エージェントは「観察→判断→行動→結果」のループを回しているだけ。頭脳が働くのは判断の段階で、判断の材料はそのとき机の上にあるものに限られる。
- 作業記録を読むと、成果物の見た目からは分からない情報源の違いや取り違えの危うさが見えてくる。
- 記録は「方針を変えたところ」「同じことの繰り返し」「完了の根拠」の3か所に絞って読む。
- エージェントは全体の計画を持たず1周ずつ選んでいるので、小さなずれが積み重なり、後の成果物に現れる。
- ループは「目標に届いたと判断」「上限」「行き詰まり」で止まる。「完了」はエージェント自身の判断にすぎない。
- 人は始める前・途中・終わった後の3つの時点で介入できる。終わった後は、結果だけでなく作業記録も見る。