- チャット・手順の自動化・エージェントの違いを、「次の一手を誰が決めるか」で説明できる
- あるサービスが本当にエージェントなのかを、3つの問いで見分けられる
- エージェントがいつも最良の選択とは限らない理由と、エージェントを形づくる4つの部品が分かる
1.1違いは「次の一手を誰が決めるか」
AIに仕事を頼む形は、大きく3つに分けられます。
1つめは、答えるAIです。質問を送ると答えが返ってくる、いわゆるチャットの形です。返ってきた答えを読んで、次に何をするかを決めるのは人間です。調べ直すのも、別の聞き方をするのも、ファイルに貼り付けるのも、すべて人間の仕事です。
2つめは、手順に沿うAIです。「メールが届いたら、AIに要約させて、決まった表に書き込む」のように、あらかじめ人間が流れを決めておき、その途中の一部をAIが担当します。業界ではワークフロー(決まった作業の流れ)と呼ばれることが多い形です。AIは担当箇所で文章を読み書きしますが、次に何をするかは、最初に作った手順書が決めています。
3つめが、自分で動くAI、つまりエージェントです。人間は「目標」だけを渡します。何を調べるか、どの道具を使うか、結果が足りなければどうするか、いつ終わりにするか。次の一手を、AI自身がその場で選びます。
ここで大事なのは、3つのどれにも同じ頭脳(言語モデル)が使われうるということです。同じ言語モデルでも、チャットの画面に置けば「答えるAI」になり、手順書の一部に組み込めば「手順に沿うAI」になり、道具を持たせて目標を渡せば「エージェント」になります。違いを生んでいるのは頭脳の性能ではなく、頭脳の置かれ方なのです。
1.2同じ依頼を、3つの形で頼んでみる
具体的な場面で比べてみましょう。この教材では、全体を通して次の架空の場面を使います。
架空の会社で企画を担当する佐藤さんは、上司から「業界の主要5社が最近出した新サービスを調べて、比較表と1枚の要約にまとめてほしい」と頼まれました。
この仕事を、3つの形それぞれで進めるとどうなるでしょうか。
| 答えるAI | 手順に沿うAI | 自分で動くAI | |
|---|---|---|---|
| 佐藤さんが渡すもの | 1つずつの質問 | あらかじめ作った手順書と、5社の名前 | 目標(「5社の新サービスを比較表と要約に」) |
| 調べる作業 | 佐藤さんが検索し、見つけた記事をAIに貼って要約を頼む | 手順書に書いた検索先を、決まった順に調べる | AIが検索語を考え、足りなければ別の言葉で調べ直す |
| 予想外のこと | 佐藤さんが気づいて対応する | 手順書にない事態には対応できず止まる | AIがその場で判断する(良くも悪くも) |
| 佐藤さんの手間 | 多い | 最初の手順作りが重く、あとは少ない | 少ない(ただし結果の確認は必要) |
| 結果の予測しやすさ | 高い(自分で動かしている) | 高い(毎回同じ流れ) | 低め(毎回道筋が変わりうる) |
表の最後の行に注目してください。エージェントは手間を大きく減らしてくれますが、その代わりに「毎回どう進めるかが変わりうる」という性質を引き受けることになります。ある日は公式発表から調べ、別の日はニュース記事から調べるかもしれません。5社のうち1社の情報が見つからないとき、手順書なら「見つからない」と止まりますが、エージェントは別の資料で補おうとして、古い情報を拾ってしまうこともあります。
この「柔軟さ」と「予測しにくさ」は、同じコインの表と裏です。どちらか片方だけを手に入れることはできません。この性質は、第6章(計画)、第9章(失敗の型)、第11章(確かめる仕組み)で、何度も形を変えて登場します。
1.3エージェントを見分ける3つの問い
製品の発表や社内の提案で「エージェント」という言葉を見かけたら、次の3つを問いかけてみてください。名前ではなく、中身で見分けられるようになります。
問い1 道具を自分で選んでいるか
検索する、ファイルを読む、表を作る。どの道具をいつ使うかを、AIがその場で決めているでしょうか。それとも、使う道具と順番が最初から決まっているでしょうか。後者なら、それは手順に沿うAIです。
問い2 結果を見て、次の行動を変えているか
検索した結果が期待外れだったとき、検索語を変えたり、別の資料に当たったりするでしょうか。結果に関係なく同じ流れを進むなら、自分で動いているとは言えません。結果を見て次を変えることこそが、エージェントの中心にある動きです(第3章で詳しく追います)。
問い3 終わりを自分で決めているか
「これで目標に届いた」と判断して作業を終えるのは誰でしょうか。決まった回数で終わる、決まった手順の最後に来たら終わる、という仕組みなら、終わりを決めているのは手順書です。
3つとも「はい」ならエージェント。1つでも「いいえ」なら、エージェントの要素を一部に含んだ、手順に沿う仕組みと考えるのが正確です。
どちらが良い・悪いという話ではありません。見分ける目的は、どんな性質を持った仕組みなのかを知り、どこに注意を払えばよいかを判断するためです。手順に沿う仕組みなら手順書の出来を見ればよく、エージェントなら「どう判断したか」の記録を見る必要があります。
1.4自律性はスイッチではなく「つまみ」
ここまで3つに分けて説明してきましたが、実際の境目はなめらかです。同じエージェントでも、どこまで自分で決めさせるかを細かく調整できます。照明のオン・オフのスイッチではなく、明るさを少しずつ変えるつまみのようなものです。
佐藤さんの例でいえば、「検索や資料の読み込みは任せきり、比較表を上司に送る前だけは自分が確認する」という設定は、LEVEL 3にあたります。調べものという取り返しのつく作業は任せ、送信という取り返しのつかない作業の前で止める。この考え方は、第8章「権限は段階で渡す」で詳しく扱います。
つまみの位置を決めるのは、AIの賢さではなく、任せる仕事の性質と間違えたときの影響の大きさです。どれほど賢いエージェントでも、会社の口座からお金を動かす作業をLEVEL 4で任せるべきではありません。
1.5いつもエージェントが正解とは限らない
エージェントは最も新しく、最も高度な形に見えるため、「何でもエージェントにすればよい」と考えがちです。しかし、実際には次のような場面では、手順に沿うAIや、答えるAIのほうが適しています。
- 毎回同じ流れで済む仕事:手順が決まっているなら、毎回道筋を考えさせる意味がありません。手順書のほうが安く、速く、結果も安定します。
- 毎回同じ結果でなければ困る仕事:監査の記録のように、誰がいつやっても同じ処理であることが求められる仕事には、柔軟さはかえって邪魔になります。
- 1回のやりとりで済む仕事:文章の言い換えや要約なら、答えるAIで十分です。エージェントにすると、余計な調べものをして時間と費用がかかることがあります。
逆に、エージェントが力を発揮するのは、進め方が事前に決めきれず、途中の結果を見て判断を変える必要がある仕事です。佐藤さんの調査は、どの会社の情報がどこにあるか事前には分からないので、まさにこの種類にあたります。
ここで覚えておきたいのは、「エージェントにするかどうか」は性能の問題ではなく設計の選択だということです。費用と時間の話は第13章、どの仕事を任せるかの判断は第14章で改めて扱います。
1.6エージェントを形づくる4つの部品
最後に、第1部全体の地図を示しておきます。どれほど複雑に見えるエージェントも、分解すると次の4つの部品でできています。この教材では、この4つを人の仕事にたとえた呼び名で統一します。
| 部品 | 正式な呼び名 | 役割 | 詳しくは |
|---|---|---|---|
| 頭脳 | 言語モデル | 机の上を読み、次の一手を選んで文章で書く。それ以外のことはできない | 第2章 |
| 手足 | 道具(ツール) | 検索・ファイル操作・送信など、外の世界に働きかける | 第4章 |
| 机 | 記憶(コンテキスト) | 頭脳が判断に使える情報の置き場。広さに限りがある | 第5章 |
| ループ | 観察・判断・行動の繰り返し | 結果を見て次の一手を選ぶ動きを、終わりまで回し続ける | 第3章 |
この4つの見方は、第2部・第3部でも使い続けます。たとえば「エージェントが指示を守らなかった」という出来事も、頭脳の判断の誤りなのか、道具が古い情報を返したのか、机から指示が落ちていたのか、ループが止まるべきところで止まらなかったのかに分けて考えると、原因と対策がはっきりします。
新しい製品のニュースを読むときも同じです。発表されたのが「頭脳が賢くなった」話なのか、「使える道具が増えた」話なのか、「机が広くなった」話なのか、「ループの回し方が変わった」話なのか。どの部品の話かが分かれば、自分の仕事に関係があるかどうかを落ち着いて判断できます(第16章)。
エージェントとは、チャットのAIより賢いAIのことだ。
賢さは関係ありません。同じ言語モデルが、置かれ方によってチャットにもエージェントにもなります。エージェントを特徴づけるのは「道具を持ち、結果を見て次の一手を自分で選び、終わりを自分で決める」という仕組みです。
そのため、「より賢いモデルが出た」というニュースと、「エージェントの仕組みが変わった」というニュースは、分けて読む必要があります(第16章)。
なぜ「エージェント」という言葉はあいまいに使われるのか
「エージェント」はもともと「代理人」を意味する言葉で、AIの研究では何十年も前から「環境を観察し、目標に向けて行動するもの」という広い意味で使われてきました。この広い定義に従えば、室温を見て暖房を入れたり切ったりする装置ですら、ごく単純なエージェントだと言えます。
そこへ、文章を自在に扱える言語モデルが登場し、「言語モデルに道具を持たせて自分で動かす」仕組みが実用的になりました。いま一般に「AIエージェント」と言うとき指しているのは、主にこの新しい形です。
ところが言葉の響きが良いため、手順に沿うだけの仕組みや、少し便利なチャットにも同じ名前が付けられるようになりました。だからこそ、名前ではなく、1.3節の3つの問いで中身を確かめる習慣が役に立ちます。
確認確認問題
チャットのAIとエージェントの違いを最もよく表しているのはどれですか。
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同じ言語モデルでも、置かれ方によってチャットにもエージェントにもなります。違いは「次の一手を誰が決めるか」です。
「毎朝、届いた問い合わせメールをAIが要約し、決まった表に追記する」仕組みは、どれに当たりますか。
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受け取る・要約する・追記するという流れを人間が事前に決めており、AIはその一部を担当しているだけです。結果を見て次の行動を変えることも、終わりを自分で決めることもしていません。
エージェントより「手順に沿うAI」を選ぶべき仕事として、最も適切なのはどれですか。
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流れが決まっていて、毎回同じ結果が求められる仕事では、エージェントの柔軟さはかえって予測しにくさになります。手順書のほうが安く、速く、安定します。
この章のまとめ
- AIへの頼み方は「答える」「手順に沿う」「自分で動く」の3つ。違いは賢さではなく、次の一手を誰が決めるか。
- 同じ言語モデルでも、置かれ方によってどの形にもなる。
- エージェントかどうかは「道具を自分で選ぶか」「結果を見て次を変えるか」「終わりを自分で決めるか」の3つの問いで見分ける。
- 自律性はスイッチではなくつまみ。つまみの位置は、仕事の性質と間違えたときの影響で決める。
- エージェントは「進め方を事前に決めきれない仕事」で力を発揮する。いつも正解ではない。
- エージェントは頭脳・手足(道具)・机・ループの4つの部品でできている。出来事もニュースも、この4つに分けて考える。